テレビドラマも映画も、基本的に全員に同じ体験を届ける。面白いコンテンツを作って、多くの人に届ける——それが20世紀のエンターテインメントの形だった。私はそれを否定したいわけではない。でも、生成AIの登場によって「もう一つの選択肢」が技術的に現実になったと感じている。

それは「あなた個人の状況に応じて変わる体験」だ。Enariaを使うとき、鑑定の内容はあなたが入力したプロフィールと悩みによって変わる。同じ日に同じ占術で鑑定しても、Aさんに届く言葉とBさんに届く言葉は違う。魔球BATTERでも、あなたのプレイ状況と場面に応じてピッチャーと球種が変わる。同じゲームなのに、あなたが今対峙している体験は他の誰とも違う。

コンテンツを消費するから、体験に参加するへ

一方向のエンタメは「消費」の感覚に近い。受け取って、楽しんで、終わる。でもパーソナライズされた体験は「参加」に近い。自分が何かを入力したり選んだりすることで、体験そのものが変化する。占いで「自分のことを話したら、鑑定が変わった」という感覚は、映画を観る体験とは質が違う。

これが次世代エンターテインメントだ、と大げさに言いたいわけではない。ただ、技術の進化によって「個人に届く体験」を個人が作れる時代になったことは、本当に面白いことだと思っている。大きなスタジオでなくても、一人の開発者が「あなたのための体験」を設計できる。

個人でそれができる時代が来た

Enariaも魔球BATTERも、夫婦で作っている。それが実現できるのは、生成AIというインフラが個人にも開かれているからだ。かつては大企業にしかできなかった規模の体験設計が、小さなチームにも手が届く場所にある。その可能性が面白くて、私たちはプロダクトを作り続けている。