「どうして占いと野球ゲームと傘アプリを一人で作っているんですか?」と聞かれることがある。確かに、並べてみると奇妙な組み合わせだ。Enariaは占い、魔球BATTERはスポーツゲーム、カサいる?は天気連動の傘チェッカー。関係性がまったくないように見える。

でも、私の中ではこの3つは同じ問いから生まれている。それは「答えが出ない問いに、少し光をあてられないか」という問いだ。今日の夕方に雨が降るかどうかはわからない。恋愛がうまくいくかどうかもわからない。あのピッチャーが次に何を投げてくるかもわからない。そのわからなさの中に、人は面白さや不安や期待を感じる。私のプロダクトは、そこに少しだけ手がかりを差し出したいと思って作っている。

カサいる?が解こうとした問い

カサいる?のユニークな点は、「天気がわからない」問題を解こうとしているのではない、という点だ。天気予報のデータはすでに十分に存在する。問題は「降水確率30%」という数字が、「傘を持って出るべきか」という行動の判断に直結しないことだった。情報はあるのに決断できない——カサいる?はその「情報と行動の間の溝」を埋めるために作った。気象データを人間の行動判断に変換する、その一点に絞って設計している。

個人開発を選んだ理由

大きな組織で働いていると、「面白そう」というだけでは動けないことが多い。検討会議、承認フロー、リスク評価——それらが悪いわけではないが、実験のスピードは落ちる。個人開発を選んだのは、意思決定の速さと実験の自由度が欲しかったからだ。思いついた翌朝には実装を始められる。失敗してもすぐ方向を変えられる。その自由が、私にとっての開発の醍醐味だ。

AIは効率化のためではなく、楽しさのために使う

AIというと「時間を節約する道具」として語られることが多い。もちろんそういう使い方もするが、私にとってはむしろ「一人ではできなかった体験を作れる道具」だ。Enariaの11種の占術統合も、魔球BATTERの50人のピッチャー個性設計も、AIがなければ個人では到底実現できなかった規模だ。AIを使うことで、一人でも「大きな体験」を設計できるようになった。

3つのプロダクトはどれも、まだ完成形ではない。でも、その未完成さも含めて、作り続けていることに意味があると思っている。もしどれかが気になったら、ぜひ触ってみてほしい。